小林 中(こばやし あたる)
初代日本開発銀行総裁です。1899年に矢崎 貢の次男に生まれましたが、山梨県でも屈指の富農であった母方の小林 伝右衛門の養子になりました。「影の財界総理」と呼ばれる日本の実業家の代表とも言える人物です。また、永野 重雄、桜田 武、水野 成夫とともに「財界四天王」の1人とされています。早稲田大学政治経済学部に入学するも中退。家業の石和銀行に入社し、20代の若さで取締役兼支配人に就任しました。その後、富国徴兵保険に入社し社長秘書になると政財界人などの人脈を築き、社長に登りつめて終戦後、東京急行電鉄社長も兼任しました。そして1951年、日本開発銀行の設立に伴い初代総裁となりました。6年後に辞任するも、財界の相談役として活躍しました。