五島 慶太

五島 慶太(ごとう けいた)
東京急行電鉄の創業者です。1882年に農業を営む小林 菊右衛門と寿ゑとの間に生まれました。村一番の資産家だったということもあり、裕福な家庭に育ちましたが、父親が製糸事業などに資産を投資したためそれまでの暮らしは一転しました。それでも勉強をしたかった五島 慶太は、なんとか中学に通わせてもらい、小学校の代用教員になりました。しかし、学業の道への思いは消えず、東京帝国大学政治学科の選科に入学し、第一高等学校の卒業資格試験を受け、法学部本科に転学しました。その後、農商務省に入り、鉄道院へ移動。1920年に武蔵電気鉄道常務に就任し、荏原電鉄の専務に就任。さまざまな路線を開通させ、成功して行きました。1933年には池上電気鉄道の株を川崎財閥から譲り受けて買収し、翌年には東横百貨店を開業。強引な企業買収を行う人物として批判も受けましたが、五島 慶太が残したものは数多くあり、独自の発想を生かした経営者として語り継がれています。