永田 雅一(ながた まさいち)
プロ野球オーナーであり馬主です。1906年に問屋を営む永田 芳太郎と紀美との間に生まれました。少年時代は不良と呼ばれ、高校も中退し一時やくざの組に席を置いていたこともあるようです。しかしその後、京都撮影所に入所し、映画製作に打ち込みました。戦後には政治家の河野 一郎や岸 信介と交流があったことから、業界の黒幕と呼ばれていたこともあります。また、1934年に競走馬の馬主になり、トキノミノルという悲劇の最期を遂げた競走馬の馬主でもあったことから、トキノミノルをモデルにした「幻の馬」という映画も製作しました。昭和の映画が流行した時代には欠かせない人物で、1947年には大映の社長に就任しました。また同年、アメリカではプロ野球オーナーが名誉職とされていることを知ると、自らも大映球団を設立したのです。さまざまな批判も受けましたが、元々野球好きであったことや、球場に神棚を作り、選手の安全を祈っていたことなどはファンには伝わっていました。