渡邉 恒雄

渡邉 恒雄(わたなべ つねお)
読売新聞グループ本社代表取締役会長で読売巨人軍代表取締役会長です。1926年に東京都で生まれました。東京大学文学部を卒業後、読売新聞社に入社し、週刊誌の記者から政治部の記者になりました。大野 伴睦の番記者となったことで政界との繋がりが強くなり、絶大なる信頼を受けて、さまざまな役割を果たしたのでした。大野 伴睦の死後は中曽根 康弘とも親密になりました。政界から一目置かれる存在となり、1996年に巨人軍オーナーに就任しましたが、当初は野球に興味がなく知識もなかった渡邉 恒雄ですが、すぐさま野球や球界について学習すると、それまでの球界のイメージを覆す発想力とリーダーシップを表して一躍注目される存在となったのです。チームオーナーとして球界に大きな影響を与えましたが、その反面ファンからは非難されることもありました。ユニフォームの文字を「TOKYO」から「YOMIURI」に変更した際や、2003年の原 辰徳監督との対立など多くの騒動も巻き起こした人物です。